依頼内容を聞いたときの驚きが、忘れられない。

2023年10月23日取材 甲田智之

「石本商店のこだわりを伝えるよりも、
津山の観光スポットとか魅力を伝えるサイトにしてもらえたら」

思わず耳を疑った。

津山名物の干し肉や、牛の煮こごりを販売している「食肉石本商店」のWEBサイトである。にも関わらず、自社のこだわりよりも、津山の観光スポットや魅力を伝えたい、という。石本商店さんのことは、もともとInstagramで知っていた。投稿には食欲がおさえられない、おいしそうな肉の写真がズラリ。

投稿を見れば見るほど、「石本商店のこだわりや味を伝えたい!」と思う。ライターならだれだってそう思うはず。しかし、取材を進めていくなかでその考えは少しずつ変わっていく。石本商店さんが描いていたのは、ひとつのストーリーだった。牛肉を通して、津山の魅力をめぐっていくひとつのストーリー。

僕はそれに激しく共感した。「こんな考えがあったなんて!」

……と。そのまえに、津山と牛肉のつながりを知っておく必要がある。「津山と牛肉のつながりを教えてください」と尋ねると、食肉石本商店の3代目柳澤大蔵さんは「間違いがあってはいけない」というふうに、パンフレットを取り出した。

「ここに詳しく書いてあります」
パンフレットを参照にした「津山と牛肉のつながり」を前段として、石本商店さんがなぜ自社のこだわりよりも、津山の観光スポットや魅力を伝えたい、と思うのか。少しずつひも解いていく過程は、まさに驚きの連続だった。

705年――。
まだ都が藤原京にあった飛鳥時代のころ、津山で牛馬の市が開かれたと記録が残っているほど、津山地域は古くから牛馬の流通拠点でした。

肉食が禁止されていた明治以前でも、津山は全国でもまれな「養生喰い」が認められていたといいます。養生喰いとは、療養のために食べることを指し、津山は「牛肉文化」とともにその歴史を刻んできました。現在でも、「津山ホルモンうどん」「そずり肉」など、地元民・観光客垂涎の牛肉料理が数多く存在します。

そして「石本商店」さんでも干し肉・煮こごりなど、絶品のお肉料理を揃え、市内外から石本商店の味を求めて、お客が絶えません。

乾燥させるための風量・温度・風速は、自分しか知らない

甲田:
石本商店さんに伺うまえから、Instagramで胃袋をつかまれました(笑)。

柳澤:
(笑)晩酌用のInstagramです。自分の晩酌のアテを投稿しているだけで。

甲田:
そうなんですか? お肉のおつまみとか「うわあ、食べたい!」ってなる写真ばかりで。なかでも石本商店さんの名物「干し肉・とり干し・煮こごり」それぞれの簡単ひと手間メニューがたまらなかったです。

柳澤:
干し肉、煮こごりは津山の文化ですから。

甲田:
そのなかで、石本商店さんのこだわりといいますか、「石本商店さんならでは」というのは?

柳澤:
ほかと比べることはしていないけど、うちの場合「手づくり」が基本です。
国産牛で、添加物(トレハロースなどの甘味料)、防腐剤も一切使ってません。あと、脂が多すぎず少なすぎない、ちょうど良いお肉を選ぶようにもしてるかな。いいぐあいの焼けた脂って、うまそうな香りを放ってほんとに良い仕事をするんです。

甲田:
(……話だけで食欲がそそられる)
そもそも、すみません。干し肉ってどういうふうにつくられるんですか?

柳澤:
まず、牛の内モモ肉を、棒状に細長く切っていきます。厚みによって干したときの乾きぐあいが変わってくるので、ひとつずつ包丁で切っています。

甲田:
機械じゃないんですね(しかも、見るからにこだわりの包丁が揃っている……)。その小さな包丁は、なに用ですか?

柳澤:
スジを取る包丁です。ひとつひとつ脂のぐあいを見ながら、薄く取ったりちょっと残したり。まあ、肉を切るだけです(笑)。

甲田:
いやいや! 技ですよ。

柳澤:
冷凍しているものを解凍したときに、ちょうどいい厚さというのもあります。解凍しやすい厚さですね。それから塩。粗塩です。それをもみ込んで、ひと晩ねかせてから乾燥させます。

甲田:
乾燥することで干し肉になるわけですね。ちなみに、乾燥にはなにかこだわりが……?

柳澤:
そこは、企業秘密です。乾燥させるための風量・温度・風速は、石本商店のなかでも僕しか知りません。お肉の量はもちろん、季節や外気温、湿度によって、少しずつ変えています。

甲田:
すべてが相まって、あの「美味」になっているわけですね。
もう干し肉が、ぎゅっと旨みをとじ込めているので、簡単レシピでおいしく食べられるというか。知り合いにオススメしてもらったレシピも、めちゃくちゃおいしかったです。

・スライスした干し肉をフライパンで炒める。
・火を止める直前に、醤油をたらしていく。

干し肉の旨みと、醤油の香ばしさが、もう……。その知り合いは、おいしくてやめられない「あかん飯」と呼んでいました(笑)。

トラックの運転手から石本商店3代目へ。「ここのお肉を食べさせたい」

甲田:
柳澤さんは、石本商店の3代目とお聞きしました。もともと継がれる予定だったんですか?

柳澤:
いえ。まったく考えていませんでした。当時30代なかばだったかな、それまでずっと津山でトラックの運転手をしてましたから。

甲田:
別業種だったんですね。

柳澤:
そんな折に、妻から「後継者がいない。どうしよう」と聞いて。初代はもう他界していて、2代目(妻の父)も高齢で。「このままだと石本商店がなくなってしまう」という状況でした。妻の話を聞いて、「それならやるよ」って言って。

甲田:
それでトラックの運転手を辞められて?(……男気を感じる)。後継者がいないまま、2代で終わってしまう可能性もあったんですね。

柳澤:
石本商店はもともと初代の行商から始まって。自転車で、お肉を売ってまわってたようです。重さをはかる昔ながらの分銅を携えて、お肉をはかり売りして。
当時は真空パックなんてないですから、布で巻いただけの大きな肉を、津山の「と殺場」から仕入れてきて。ほら、ここ(調理場の天井を指して)。天井に手すりみたいなのがついてるでしょう。これはさばくまえの牛をS字フックで吊るしていた名残りなんです。

 

 

甲田:
それだけ歴史があったら、2代で終わってしまうわけには、と思います。でもトラック運転手からの急な転身で、お肉に関する知識とか技とかは?

柳澤:
試行錯誤しながら、独学で学びながらです。まあ、もともと突きつめないと気が済まない「凝り性」だったのが幸いしたんだと思います。

甲田:
干し肉ひとつからも、柳澤さんのこだわりを感じます!
ただ、ちょっと言いにくいんですけど……。はたけ違いの柳澤さんが急に継いだことで、お客さんが離れてしまうことはなかったんですか?

柳澤:
お客さんが離れるということはなかったですね。
僕も知らなかったんですけど、石本商店のお肉で育っているひとたちがいてくれて。舌と胃袋が覚えているというか。そのひとたちが大人になって、自分の子どもたちに「石本商店のお肉を食べさせたい」って来てくれるんです。

大阪から帰省した津山出身の学生さんの干し肉を食べる様子

大阪から帰省した津山出身の学生さんが干し肉を食べる様子

甲田:
「我が子に食べさせたい」って。お米とか味噌と一緒で、石本商店の味がもう家族の一部になってるんですね。

柳澤:
ほかに、快気祝いや出産祝い、結婚のお返しとか。お肉を贈ることで「元気をつけて」というメッセージにもなると思います。あと、お肉って日常の食べものでありながら、ハレの日の食べものでもある。干し肉、煮こごりもそうです。

甲田:
子どもに受け継がれたり、日常にもハレの日にも用いられて。
ほんとに「文化」なんですね! なんていうか、津山の文化なんですけど、石本商店さんのまわりには石本商店さんがつくってきた牛肉文化があるというか。そう思いました。

柳澤:
どうなんでしょう(笑)。

お土産の干し肉を家族にふるまって「おいしいね」って。幸せじゃないですか

甲田:
石本商店さんといえば、バイクやロードバイクの方の聖地にもなっていますよね。

柳澤:
ありがたいことに、買いに来られた方がSNSに投稿してくださって。バイク仲間とかサイクリングをする方に自然と広がっていったように思います。

甲田:
ツーリングコース、サイクリングコースからも近いですよね。

柳澤:
たとえば春の桜が咲くころには、自転車の方がサイクリングコースになっている「ロマンチック街道」を通って、ここに来られたり。津山は四季が楽しめますから。
ツーリングの方は、ここで干し肉をお土産に買って、津山の観光スポットや津山ホルモンうどんを食べに出かける方が多いかな。なのでよく「どこかオススメないですか?」と尋ねられます。

甲田:
観光案内所になってるんですね(笑)。

柳澤:
僕は観光MAPと口頭で伝えるけど、妻は紙を出して、ボールペンで「ここが石本商店で……」「こことここ、行ってみたらいかがですか?」とイチから説明しています(笑)。

甲田:
(とっても親切すぎる……笑)そういえば、このWEBサイトも「石本商店のこだわりを伝えるよりも、津山の観光スポットとか魅力を伝えられるサイトにできれば」とおっしゃっていました。

柳澤:
そうです。津山に来て、お昼ごはんを食べて観光スポットをまわって、こころも満たされて。それからおうちに帰って、お土産の干し肉を家族にふるまって「おいしいね」って。自分も家族も幸せじゃないですか。

甲田:
めちゃくちゃ良いです!

柳澤:
お土産に買って帰った干し肉を、旦那さんかな、キッチンでちょっと炒めるんです。いい香りがたって、みんなが「おいしそう! なになに?」って集まってきて。そうしたら「また津山に行こう」とか「つぎ津山に行ったら、あのお肉を買ってきて」って。

甲田:
(ひとつのストーリーになってる!)干し肉がまた、津山に来てくれるきっかけになるわけですね。

柳澤:
そして来られた折に、前回とは違う津山を案内できれば。
津山はほんと、グルメも魅力もたくさんありますから。津山ホルモンうどんもそうだけど、お肉でいえば、煮こごりとかそずり肉、よめなかせも……。

甲田:
お肉の煮こごりって珍しいですよね。
しかも石本商店さんの煮こごりって、ほんとにおいしくて。あつあつごはんにのせるだけで、醤油と唐辛子で煮込んだ、煮こごりの旨みがとろーり溶けだして。うえからネギをかけて、そのまま一気にかきこんだら、それはもう……(笑)。

柳澤:
(笑)煮こごりはもともと寒い時期に食べられていたようです。

甲田:
石本商店さんのお肉が、津山の観光と文化、両方を担うひとつになってる気がしました。
柳澤さんがこのWEBサイトを「津山の観光スポットとか魅力を伝えるサイトにできれば」と言われたのも、石本商店さんが「お肉屋さんの域」を超えてるからなんですね。

牛肉を通じて、津山の観光も文化も担っている」に首を振って

柳澤:
僕自身、津山のものをエネルギーにして、津山のソウルフードをつくっているので。

甲田:
……え。それはどういう?

柳澤:
津山の水、津山のお米からつくられた、津山のお酒(そしてドンと置かれたのは、「作州武蔵 原酒 にごり酒」の一升瓶)。門外不出「酒蔵のおやじだけしか知らぬ味」として知られる白い生の原酒。

甲田:
おおっ!

柳澤:
これが、おいしいんです。毎晩の晩酌(アテはもちろん、はじめに触れたInstagramのもの)をエネルギー源にして、津山のソウルフードをつくっています。

甲田:
津山のもので循環している! しかも循環することで石本商店さんの牛肉文化と、津山のお酒の文化、それぞれがともに育っていくような気がします。

柳澤:
続けていくと、歴史になりますから。
大きなメディアに取り上げられて話題になるのもうれしいけど、でもそれはやっぱりそのときだけのものなので。津山に来てくれて、おいしいものを食べて。近所のひとにお土産をふるまって。そのなかに干し肉があって。

甲田:
その営みが、歴史をつくっていく……。

柳澤:
2023年度文化庁の「100年フード(地域で世代を超え、受け継がれてきた食文化)」にも、「津山の牛肉料理」が認定されました。

甲田:
(……柳澤さんがトラックの運転手を辞めて、3代目を継いだのも「歴史を守った」ひとつだと思う)石本商店さんはほんと「お肉屋さんの域」を超えて、津山の観光も文化も担っている、と思いました!

柳澤:
そんなことないです(笑)。

甲田:
いやいやいや。

柳澤:
いや。難しいことは考えてないんです。僕たちがしているのは、おいしいものを食べたら幸せになる。ただそれだけですから。

柳澤さんの最後の言葉に、しばらく衝撃を受けていた。
こねくりまわして、あれこれ言っていた自分が恥ずかしくなる。

柳澤さんはずっとシンプルだった。そして本質だった。

おいしいものを食べたら幸せになる。

ふり返ってみれば、たしかに取材の途中にも言っていた――。

津山に来て、お昼ごはんを食べて観光スポットをまわって、こころも満たされて。それからおうちに帰って、お土産の干し肉を家族にふるまって「おいしいね」って。自分も家族も幸せじゃないですか。

初代、2代目から引き継いで、津山名物のおいしい肉料理「干し肉」や「煮こごり」を真心こめてつくりつづける。

そのおいしさは、観光とか文化とか、そんな枠なんか超えて、とにかくひとを幸せにする。

なるほど、と噛みしめるように思う。
柳澤さんの哲学は本当、素朴ながら奥が深く、噛むほどに旨みが増していく。まさに石本商店さんの干し肉のような深みがあった。

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